投稿

三河国 足助城を作ってみた 201901

イメージ
愛知県豊田市の足助城を作ってみた。 ジオラマ9作目 足助城は、発掘調査に基づき戦国時代の標高310mの山城を復元したもので、高櫓、長屋、物見矢倉、厨(くりや)などが復元されているのが特徴です。 戦国時代には足助鈴木氏が支配し、勢力を拡大した徳川家康に従った。位置的に三河の信濃寄りであり、武田氏との争いが始まってからは最前線となり緊張感が高まりました。元亀2年の武 田信玄の三河乱入で足助城は武田方の城となりましたが、同年4年には家康の長男信康が足助城を攻め武田勢を追い払い徳川方の城となり、家康の関東入国により廃城となりました。 足助城(真弓山城) ◆ところ  愛知県豊田市足助町須沢39-2 ◆規模  240m×100m、標高310m、比高170mー ◆城主  鈴木氏

駿河国 田中城を作ってみた 201810

イメージ
静岡県藤枝市の田中城を作ってみた。 ジオラマ8作目 田中城は始め今川氏、その後に武田氏が支配し、徳川氏と武田氏が攻防を繰り返す事となりました。 田中城は遠江国諏訪原城、高天神城、久能城、持船城などを結ぶ城郭ネットワークの一環として重要な位置を占めていました。 天正7年(1579年)から依田信蕃が在番となり、よく徳川氏の攻撃をしのぎましたが、天正10年(1582年)2月織田、徳川、北条氏が連携して武田領国への進撃を開始し3月1日ついに田中城は開城しました。 現在では小学校や住宅となり城は残っていませんが道路の形状は城の縄張りの名残を残しています。また、堀や土塁の一部は現在でも見ることができます。 田中城 ◆ところ  静岡県藤枝市 ◆城主  由井美作守(今川氏)、山県昌景(武田氏)、依田信蕃(武田氏)、高力清長(徳川氏)

伊勢国 保々西城を作ってみた 201806

イメージ
三重県四日市市の保々西城を作ってみた。 ジオラマ7作目  ちょっと徳川の城と武田の城から浮気して伊勢国の保々西城を作ってみた。 保々西城 ◆ところ 三重県四日市市西村町字城下 ◆規模 250×310m、標高60m、比高20m ◆城主 朝倉氏 ◆参考図書 日本城郭体系、再発見・北伊勢国の城、三重の中世城館  保々西城は東、西、南を崖に囲まれた半島状台地の先端部にあり、弱点となる北側に空堀・土塁を設置し守りを固めている。また、北側の大手口から、主郭に至る間には、高さ1m前後の低い土塁で区画された一辺が30から40mの方形の家臣らの屋敷と思われる遺構が並ぶ。  私がこの保々西城の気に入ったところは、家臣の屋敷と思われる区画が主郭の周りに配置されており、その遺構が今もきれいの残っているところ。また主郭も思ったよりも大きな堀と土塁に囲まれ、2か所の虎口も、東虎口は内桝形を形成しながら虎口に至る土橋には主郭の張り出した土塁から横矢がかけられるように工夫がされ、北虎口は土橋から入ったところで食い違い虎口となっているなどなかなか興味がわくつくりとなっている。  朝倉4代の城といわれたいますが、永禄11年(1568年)織田信長の北伊勢侵攻により、滝川一益の攻撃を受け落城し朝倉氏は滅亡しました。  戦いでは北側の堀と土塁、家臣屋敷はあっという間に破られて、主郭での攻防になったのでしょうか?いろいろと縄張り図を見て想像して楽しんでいる。

三河国 野田城を作ってみた 201802

イメージ
愛知県新城市の野田城を作ってみた。 ジオラマ6作目 野田城は1573年に武田信玄の西上作戦の折に遠江の三方ヶ原の戦いで徳川家康に大勝後に武田方は三河の徳川方の野田城を包囲し、甲斐の金山堀衆が穴を掘り水脈を切り井戸を枯らせ水を断ち降伏させたと言われている。    お城は、北西から南東にかけて三の丸、二の丸、本丸が直線的に並び、両側を川が流れていいる。当時は、川をせき止め幅広くさせ堀の役目をさせていたようだ。  現地はお城の西側が道路によって原型がなくなっていたほか、本丸以外は竹木や草により調査不能でした。残念。現地に赴き思ったことは、三の丸敵正面が思ったより長く、防御上大丈夫かと思いましたが、調べてみると、西側は埋め立てられたとのことで、実際はもっと狭かったようだ。  また本丸南東には侍屋敷があったとのことだが、古地図や縄張り図、地理院地図(写真も)の新旧を見比べてもよくわからない。

遠江国 二俣城を作ってみた 201711

イメージ
静岡県浜松市の二俣城を作ってみた。 ジオラマ5作目 ここも、武田信玄と徳川家康が争奪戦を繰り広げたお城。 天竜川と二俣川の合流(現在は当時と流れが変わっている)であることや取水用の水の手櫓も再現してみました。 縄張りは歴史群像の二俣城特集を参考にしました。 水の手櫓 徳川家康が武田信玄の遠江侵攻に対して、譜代の中根正照を入れ守らせていた難攻不落の二俣城降伏の原因となった水の手櫓を作成しました。 大量の筏を流して櫓を壊し水を絶って降伏させた武田勝頼はすごいですね。どうでしょうか。雰囲気が出ているでしょうか?

遠江国 小山城を作ってみた 201709

イメージ
静岡県吉田町の小山城を作ってみた。 ジオラマ4作目 この城は、武田氏と徳川氏の境目の城として、高天神城とともに争奪戦が行われました。 この城は、馬場信春により縄張りが行われたと言われています。ジオラマでは、特徴の3重の三日月堀も再現しました。

三河国 古宮城を作ってみ 201706

イメージ
愛知県新城市の古宮城を作ってみた。 ジオラマ3作目 この城は武田氏の馬場信春の築城と言われている。 城の東西を分ける大堀切や幾重にも巡らされた土塁を意識して作ってみた。

遠江国 高天神城を作ってみた 201703

イメージ
静岡県掛川市の高天神城作ってみた。 ジオラマ2作目 武田信玄・勝頼と徳川家康争奪戦を繰り広げたお城です。

遠江国 諏訪原城を作ってみた 201612

イメージ
静岡県島田市の諏訪原城 初めて作ったお城。 ジオラマ1作目 材料選びから、一つ一つ考えながら作りました。 今見ても割とお気に入り。 諏訪原城の空堀に感動して、ジオラマづくりを始めました。